パイロット、客室乗務員の飲酒による不祥事が昨年来続きます。国主導で進められている訪日外国人の増加に伴う、旅客便の相次ぐ路線拡大などが航空関連の労働者の働き方を、より厳しいものにしています。現在の働き方で安全は確保されるのか―代々木病院精神科科長の天笠崇医師と考えました。(菅原恵子)
航空分野の労働問題 代々木病院精神科科長:天笠崇医師と考える
深夜勤務が労働者に与える影響を、天笠医師は「夜勤のみを継続している場合は、心身に大きな影響はない。しかし、1~2週間などでの変則や交代勤務では、睡眠のリズムや、健康のバランスが崩れるなどの影響が大きくなる」と指摘します。実際、交代勤務が必要とされる看護師などは、体調を回復できるように配慮がなされています。
業務上で求められるパフォーマンスを適切に維持するのに7~8時間の睡眠時間が適切で、短くても長すぎても良質な睡眠を得られないとのこと。起床後、16時間超過すると認知機能が低下するともいわれます。実際のパイロットの勤務の状況(表1)を見ると、疲労回復の時間がないように見受けられます。
天笠医師は「疲労回復の時間が十分にない場合、健康被害が生じる恐れがある。睡眠不足が解消せず、脳が寝ている時と同じ状態のままで操縦しているのと同じ。認知機能の低下も推測できる。いつ事故が起きてもおかしくない状況だ」と語ります。
「特に睡眠時間が短い場合は睡眠負債が生じ、不安性障害やうつ病などの精神疾患のリスクが増加する」とし、「睡眠不足と職業性ストレスと関連性の深い虚血性心疾患や、脳血管疾患などの発症率も上がります。深刻な健康障害を起こしかねない。命を削って働いている状態だ」と警鐘を鳴らします。
精神力ではカバーできない
この働き方(表2)では外国の航空会社と比較しても過酷であることは一目瞭然です。慢性的な人手不足などの影響で、4日の連続勤務の内容は早朝・深夜勤務、徹夜勤務が続き1泊3日や12時間勤務ということもあり、25年程前と比較すると乗務時間は1.5倍ほどです。
職務上、厳しい訓練を経て強い責任感が養われている航空労働者は「疲労が疲弊に移行しないよう、身体を休めなくてはいけない」というプレッシャーも強い傾向があります。「寝なくてはいけない」との思いが飲酒につながる可能性も否定できません。特に日本人は寝酒として飲酒に頼る傾向が、諸外国と比較しても高い傾向にあります。精神力だけでどうにかできる問題ではなく、働き方に目を向ける必要があるのではないでしょうか。
天笠医師は「節度ある飲酒と違い、睡眠確保のために飲酒すれば睡眠の質が落ち、また飲酒するという悪循環に陥り、慢性的な睡眠障害に移行する危険性が生じる。疲労でアルコールの代謝が落ち、飲酒に拍車をかけかねない。今、望ましいのは十分な休息がとれる勤務。企業の責任はもちろん、労働組合の取り組みも大切だ」と指摘します。
政府が提唱する“働き方改革”は「在宅勤務などの推奨や、年次有給休暇5日以上の消化を規定しました。建設、運輸、医療職は2024年からの実施で、研究職は適用除外となっており、実態に見合っていないとの疑問を禁じえません。総合的に交代勤務や長時間労働で最も健康リスクの高いのが運輸業とされる中で、長距離バスなどの事故が起きるたびに、乗務員の睡眠不足や疲労の蓄積が問題視されています。
現場の実態 安全確保に生かし
現場の航空乗務員は「休日には身体が鉛のように重い。生活は食う、寝る、飛ぶだけ。以前の『安全を守るために体調が悪いなら出社するな』という風潮もなくなった」と語っています。機内で倒れる乗務員も増加傾向で、救急搬送されるケースも1年間に複数あるとのことから、航空各社が主体的に労働条件を改善し、健康確保に責任を持つことは喫緊の課題です。
「飲酒するなというだけでは、根本的な解決になりません。なぜ、酒に手を出すのかも考える必要がある。過去の事故などの歴史に学び、安全を確保することが最優先」と現場の労働者は話しています。
「安心して乗れる日本の航空会社はあるのかと、聞きたくなる現状」と言われかねない“命を軽視している状態の解消は“待ったなし”です。