長期化するコロナ禍で多くのフリーランスや個人事業主が厳しい状況に追い込まれている中、さらなる打撃となる「インボイス制度」(ことば)が2023年10月から、消費税の仕入税額控除の方式として導入されようとしています。多くの業者が事業存続の危機をむかえる同制度について広く知ってもらいたいと、ホームページ「STOP!インボイス」が立ち上がりました。中心となったのは、子育て世代のフリーランスで働く女性です。
インボイス制度では、これまで消費税を納める必要のなかった年収1000万円以下のフリーランスや個人事業主も納税を迫られます。
フリーランスで働く編集・ライターの小泉なつみさん(38)は昨年11月、インボイス制度の見直しを求めて地元の東村山市議会に陳情書を提出しました。12月1日にオンライン署名「STOP!インボイス」を始めると、わずか1週間ほどで3万人を超え、現在も署名数は伸び続けています。
同月16日に財務省の聞き取りと記者会見を開きました。聞き取りでは3万1570人分の署名と、賛同者から寄せられた怒りや絶望の声を財務省に届けました。
今年2月に有志と立ち上げたポップなデザインのホームページ「STOP!インボイス」は、税制の知識がなくても分かりやすく、反響を呼んでいます。
ホームページ(HP)の説明文は、税理士監修のもとで小泉さんが作成。「インボイスを説明する上で欠かせない“仕入税額控除”といったワードなど、専門的な用語は使わないことを自分に課し、楽しく読めるように心掛けた」と語ります。
HPにはおおよその納税額が算出できるシステムのほか、陳情のひな形などを盛り込んだ「ロビー活動セット」がダウンロードできます。ロビー活動セットをSNS(ネット上の交流サイト)で紹介したところ、驚くほどの反応があり、「みんな声を上げるためのツールを欲していた」と実感。市民運動が誰でもすぐにできるよう自分のノウハウをオープンにして、後押ししたいと考えています。
導入で1月分失う生活費
インボイス制度が導入されると、フリーランスや個人事業主はインボイスが出せない免税事業者のままで事業を続けるか、インボイス登録事業者(課税事業者)になるか、いずれかの選択を求められます。課税業者になると消費税を納めることになり、手取りは激減。他方、免税業者のままでいると、発注元が消費税を負担しなければならず、消費税分の値引きを迫られる可能性や、取引先から排除される恐れもあります。技術や人柄などの信頼で構築してきた関係が、インボイスの有無で取引先を決めることになりかねません。
小泉さんは、「どちらを選んでもデメリットしかない。こんな究極の選択を、国が国民にさせるのか」と憤ります。
インボイス制度が始まると、小泉さんは約1カ月分の生活費を失うことになります。現在、フリーランスの夫、4歳の息子と暮らしていますが、インボイスの影響で2人目の子どもを作る計画は「宙ぶらりん」と言います。「フリーランスは失業手当や育休・産休などもなく、会社員のように何からも守られない。保育園入園の基準査定も低く、理不尽を被っている。日常的にさまざまな不満が積み重なり、インボイスの問題で怒りの感情に着火した」と話します。
HPの目的のひとつは、インボイスを広く周知させること。「参院選で政党の政策にインボイス廃止の法案を入れてもらうため、議員に働きかけるロビー活動を自分が納得できるまで続ける」と決意をにじませます。
人材センターの
高齢者も影響
小泉さんとともに財務省の聞き取りや記者会見に参加した税理士法人 東京南部会計の佐伯和雅代表社員税理士は、インボイス制度は「見えない増税」と話します。「消費税の税率を上げると、住民から反対の声が上がる。そこで政府は、一般の人には分かりにくいインボイスを導入し、課税対象の拡大にシフトチェンジした」と指摘します。
インボイス制度の影響を大きく受けるのは、年収1000万円以下のフリーランスや個人事業主。これには駐車場経営者、日雇い労働者、農協や市場以外と取引がある農家、ホステス、平均月収約4万円のシルバー人材センターで働く高齢者なども含まれます。フリーランスだけで、約850万業者に影響するともいわれています。
佐伯氏は、税金の中で最も滞納が多いのは消費税で、インボイスによりさらに増えると予測します。「制度の危険性に当事者が気づき、衝撃が起こるのは、おそらく2025年3月。24年3月に3カ月分の消費税が課せられて少しざわつき、1年分を納税する25年3月は、国税庁の想定を上回る混乱を招く可能性もある」と危惧。「記帳の作業時間も増える。誰も得をしない、廃止すべき税制」と批判します。
(松本美香)