急激な物価高や光熱費の高騰が国民生活を侵食し疲弊させているにもかかわらず、政府与党は効果的な施策を示せないままです。シャッターが閉まったままの空き店舗も今まで以上に目立ちます。東京商工リサーチによると、「飲食業の倒産は、今年度上半期で前年を大きく上回り急増」とされ、そのうち個人企業等は前年比で2倍の数字となっています。特に個人経営や小規模の飲食店はコロナ禍の営業自粛に始まり、財布の紐が固くなっての外食控えのダメージや、仕入れ価格高騰、光熱費の上昇に加えて、インボイス制度の導入準備などが営業の困難にいっそう拍車をかけています。
国立駅(国立市)近くで「深川つり舟」を経営する湊さん夫妻。深川や築地で腕を磨いてきた料理人の実さん(74)の料理は、味と盛りの良さでテレビ番組でもたびたび取り上げられてきました。2017年から「子ども食堂」と銘打ち、無償で大人と同じメニューを店内で提供してきました。コロナ禍でも休まずに続け、この夏休みには延べ300人の子どもたちが利用したといいます。常連客のカンパや仕入れ先の支援、個人の努力で継続しています。
経理を担う妻の由紀江さんは物価高や光熱費の高騰について、「ガソリン高も輸送費に影響しています。おしぼりや箸も変えましたが、これ以上やりようがない。どうしたらよいものか」と語ります。コロナ禍の自粛生活に慣れたのか、元の客数に戻らないことを考慮し、仕入れのロスを出さないために段階的にメニューの種類の見直しや、値上げなども行って努力を重ねてきました。さらに休みを増やし、夜の営業を減らすなどで人件費を減らす工夫を重ねていますが「限界に近い」と言います。
それでも、子ども食堂を続けているのは「小学校で給食のお替り争奪戦があると聞いて始めましたが、さらに格差が広がっていると感じます。食で手助けできる」との思いからです。
コロナ自粛明け客戻らず
長年続けてきた店を閉じる店主もいます。蒲田駅(大田区)のもよりで48年営業してきた「すっぽん・割烹 義津根」の山崎義一さん(81)もその一人。開業の頃は繁盛して体を壊すほどでしたが、コロナ禍以降は「常連客の足が遠のいた」と10月中旬で店じまいをする予定です。
「原材料は1㌔㌘3800円だったものが、4100円。魚はおおむね1割から1・5割の値上げ。光熱費はもちろん上がっています。飲食店は客足がなくても営業時間は灯りをつけるし、エアコンも入れる」と言います。経費の負担が増しています。
さらに「うちは手作りの良いものだけしか出さない。それが料理人の腕で仕事だから」と自負する山崎さん。しかし、手間をかけて出す料理に、「若い人は『高い』と言い、何が好きかと聞くと唐揚げと言われる」と嘆きます。
消耗品は価格に転嫁厳しい
野方駅(中野区)そばで居酒屋を経営して5年の40代男性は「酒の仕入れ価格が、10月から1~2割上がると連絡がありました。今回の改定は価格にまだ反映していませんが、これまで価格改定を3回しました」と語り出しました。
全体として仕入れ経費は2~3割上昇しているとのことですが、中でも鶏肉は鳥インフルエンザの影響もあり3~4割と高騰。一方で「食材の値上げについては理解が得られやすいですが、トイレットペ―パーや消毒剤などの消耗品も2割ほど上がっています。光熱費と併せて価格への反映が厳しい」とこぼします。
さらに「人を雇わず、ひとりで営業していますが、同業者は人件費や社会保険料が重いと悩んでいます。休業支援金は所得になるので、所得税や国保税が上がり大変という声もあります」と語ります。
国策で個人飲食店の淘汰だ
コロナ禍で政府は休業支援金などで飲食店を救済したとしていますが、実態とはかけ離れています。若い経営者だけでなく、湊夫妻をはじめ多くの飲食店経営者から「支援金の支給に伴い、支払う税金が増えて驚いた」という声がとどまることはありません。
また大企業と個人・零細業者の社会保険料負担率が同率のために、財政規模の小さい事業者から「負担が重くて耐えられない」と救済を求める声も少なくありません。
農水省をはじめ国は、「和食(日本の伝統的な食文化)」がユネスコ無形文化財になったとアピールしています。しかし、由紀江さんは「魚などの食べ方を知らない子もいて、コンビニなどの手軽な食事で食文化や味覚など大切なものが失われていると感じる」と語ります。
「世の中が変わりすぎて、若い人は旬の食材も知らない。日本食はチェーン店の回転寿司や、唐揚げ、焼き鳥が日本の味になってしまった」と警鐘を鳴らす山崎さん。「和食の繊細な味や文化は一食で数万円もする高級店で一部の人だけが味わうものになった。国策で個人飲食店を出来ないようにしているんじゃないかとさえ思います」と語ります。
今、コロナ関連融資の返済が始まり、支援金への課税も相まって苦境に立たされる飲食業への支援は待ったなしです。