藤田りょうこ(50)現●大田区(定数7)
私が20年間勤めた大田病院の近くには、たくさんの町工場がありました。工場で働く方たちは、病状がひどくなってから受診したり、せっかく治療して退院しても、再入院を繰り返す方が多くいらっしゃいました。

話を聞くと、「断ると仕事が来なくなるから」と、体調が悪くても無理して働いていました。
訪問看護でお会いした30代の方は、とんかつ屋さんの娘さんで、末期がんでした。わずか1ヵ月半の訪問で、帰らぬ人となりました。
がんの治療を自ら断ったのは、「両親がこつこつためたお金を理不尽な理由で失ったので、自分の治療のために大切なお金を使いたくない」からでした。
厚生委員会では、命の守り手を増やす論戦を多く行いました。2月の本会議質問では、町工場や商店街への支援を求めました。質問に向けた調査では、地元大田区でお話を伺いました。
お金がないから、人に迷惑をかけるからと、命をあきらめるような社会を変えるため、必ず勝ち抜きます。
(「しんぶん赤旗」2025年4月19日付より)